ある日の朝、出社するとデスクの上に紙袋が置いてあった。
中から取り出すと、それは立派な桃だった。
「桃」
思わずつぶやいた。
「桃、ですね」
向かいの席に座っている後輩が繰り返す。
桃の下にはメモが入っていた。

「誕生日おめでとう
素敵な一年になりますように
常温で保存し、食べる前に冷蔵庫に入れてください
桃のようなあたなへ」

送り主は同僚の女性からだった。
別の課に所属する彼女をふと見やると、既にパソコンに向かって仕事をしていた。
眉根にしわを寄せ、じっと画面を見つめる彼女に声をかけてみる。
「プレゼントありがとう」
「いえいえ」
声をかけても彼女はパソコンから目を離さない。
「常温保存なんだね」
「そう、冷気に弱いから」
「ところでさ『桃のようなあなた』ってどういう意味?」
すると彼女はいたずらっ子のようにふふっと笑って秘密、と言った。
やっと私の顔を見たな。
「秘密にすることかなぁ」
「知ってる?ミステリアスな人ってもてるらしいよ」「なんだそりゃ」
そう言うと彼女は独特のリズムでキーボードを叩き始めた。
こうなったら彼女は何も答えてはくれない。
やれやれ、諦めて自分の席へ戻る。
あれから数年経つが、彼女はまだ秘密を守り続けている。